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2005年12月のコラム [PR]
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vol.199 平成17年12月30日(金) ことしもお世話になりました。  

 11月20日のコラムからしばらくのあいだお休みしているうちに、もう年末です。やはり、団員のみんなの顔をみないと、イメージがわきません。
 さて、ことしの明善サッカーは20周年をむかえたということもあって、ほんとうに、いろいろなことがありました。わたしの想い出に残った名場面をいくつかみていきましょう。

・ 「エンブレム」 20周年をむかえ、明善サッカーの公式エンブレムが完成しました。代表(一家)がご尽力(じんりょく)くださいました。他のチームのムネに光るエンブレムをみてはうらやましがっていたものですが、これで明善も文字どおりムネを張って大会にのぞむことができます。

・ 「ラストゴール」 2004年度に卒団した6年生ユウタが、卒団式の日に決めたゴールです。ユウタは、不登校の時期があり明善サッカーも休みがちでした。2月のある練習日、久しぶりに顔をみせたユウタをかこんで、明善イレブンはあたり前のようにボールをけっていました。そして、卒団式当日の下級生とのラストゲーム。ゴール前に疾走(しっそう)するユウタのけったボールがゴールへ。自然に6年生たちの歓喜(かんき)の輪ができました。どんな言葉もいらない。そんなゴールでした。

・ 「おとこの意地」 さる者がいれば、きたる者がいる。4月の岩波杯は、新しい明善を感じさせる、ウイウイしいスタートでした。「おとこの意地だ〜!」を連発してドリブル突破するカイには、明善ばかりか他チームのサポーターを巻き込んで大爆笑でした。たったひとりの1年生カズキや2年生トオルの活躍ぶりにも、明善のこれからに大きな光を与えてくれました。

・ 「少年用ゴールと倉庫」 全日本少年サッカー大会をはじめ、おもだった少年大会を少年用ゴールでおこなう規程(きてい)になったこともあり、明善サッカーでははじめて少年用ゴールを購入しました。いまのところアミにぶらさがる団員もなく、あのときの代表との約束をみんな守ってくれています。そして、年末には○年ぶり(最長老のワタシですら何年建っていたのか知らない)かの倉庫のリニューアル。指導者や保護者の思いを感じてくれたのかは定かではありませんが、ゴール運びも用具の出し入れも団員ができるようになりました。あたり前とはいえ、それが一番すばらしいことです。

・ 「親子でサッカー」 ことしはメモリアルゲームを筆頭に、親子でサッカーをする機会もいくつかあったように思います。松本大学でやった親子サッカーでは、芝生のグラウンドでパパもママもおじいちゃんも、みんな楽しくボールをけっていた姿が印象的です。子どもたちがふだんやっているゲームが、じつは、けっこうキビシイ戦いなんだということを肌で感じることができました。そして、サッカーのルールを勉強する機会にもなりました。

・ 「ビッグゲーム」 ワタクシごとですが、ことしはビッグゲームを3試合もみる機会をえました。まずは5月のキリンカップ。ふがいない日本代表に怒りをぶちまけたゲームでした。8月のW杯最終予選はすでに本大会出場が決まったあとでもあり、余裕の観戦でした。そして12月はトヨタクラブチャンピオンズ杯。ワールドクラスのプレーにタメ息をつきながら楽しんできました。

・ 「フレンドリーマッチ」 県外から来てくれたシクスさんをはじめ、多くのフレンドリーマッチが組まれました。そして、旭町さんやウイングさんとの交流会も行われました。今年度から新たに加わったアカハネ・マエザワコーチが、今までのコーチ陣以上の強力な人脈を背景にして、フレンドリーの輪が広がったように思います。これからも、サッカーを愛する仲間をどんどん増やしていければと思います。

・ 「リフティング」 旭町さんとの交流会で刺激を受け、ことしはリフティングにこだわった1年でした。くりかえし、休まず、努力すること!最初は2・3回しかボールにさわれることができなかった団員も、今では50回、100回と確実に上達しています。大会で優勝を飾ることはできませんでしたが、こうした小さな前進が、これからのサッカー人生に大きな力になるものと信じて、続けて取り組んでいきたいものです。

・ 「みんなの協力」 合宿は、みんなの協力体制を確認するいい機会になりました。一生懸命クツひも結びに挑戦するタツヤの姿と、それを見守るマエザワコーチの眼差(まなざ)しも印象に残ります。今年はアルウィンの周りのゴミ拾い。県外チームの招待。アルウィンでのメモリアルゲーム。1年生の大会参加。4年生以下の遠征試合など、いつも以上に行事が目白押しでした。役員のみなさんも、ほんとうにたいへんな御苦労だったと思います。それもこれもみんなの協力のおかげです。

・ 「20周年」 なんといっても今年は20周年につきます。いままで、明善サッカーを支えてきた多くのOBたち、そしてその保護者のみなさん、監督・コーチのみなさん、連合のみなさん、そして明善・中山・寿小学校、明善中学校、地域のみなさん。みなさんのおかげで明善サッカーは成人式を迎えることができました。これからも、明善サッカーは楽しいサッカーをめざして地域の子どもたちの育成に努めていきます。これからもご理解、ご協力をよろしくお願いします。

 と、いうことで長〜いコラムで今年はこれで終了です。新年は200回目のコラムでスタートします。
 今年一年、ほんとうにありがとうございました。来年もまたいい一年にしましょう。よいお年を!

vol.198 平成17年12月14日(水) ウイングと交流会!  

 昔。もう、かれこれ二十数年前。
 わたしは小学生だったころ、背の高さがクラスでも1・2を争うほど高かったのですが、背が高かったことで良かった思い出は意外と少ないのです。なかでも、思い返してもつらかった思い出が1つあります。それは短距離走。先生が背の順に二人づつ走らせました。わたしと一緒に走るのは、背の高さが同じかそれ以上に感じた女の子。その子が早かった!横を抜けていく走りに、わたしは自分の走り方を忘れてしまうほどでした。あれ以来、しばらく短距離が苦手になりました。
 まわりくどい話をしましたが、昔も今もかわらず、小学生のころは身体能力では男子以上に発達している女の子がいるものです。ウィングと明善の子どもたちとの交流会のなかで、ヨウスケやリュウホを見ながら、遠いむかし感じた思いを勝手にあてはめてしまいました。

 それにしても、ウィングの子たちは小林コーチの指導の賜物で、みんなしっかりとしたテクニックを身につけていました。感心したのは姿勢が周りがよく見えていること。いくつかの選択肢からしっかりと自分で判断できて、力強い次の動きができていました。
 周りを見るには、その前提としてボール扱いが上手にできなければなりません。リュウホやヨウスケ、イサムなど6年生のなかには、テクニックでは同じように、またそれ以上にできる部分もありましたが、グッド・ボディー・シェイプから次の動きへのつながりがやや弱いと感じました。
 それから一番感心したことと言えば、小林コーチの話を聞くウィングの子たちの姿勢です。すばらしいです。「話を聞く姿勢」と言えば、手を後ろに組んでコーチの方を向く。「集合」と言えばコーチの周りにすぐ集まる。
 「いいなあ〜」なんて思いましたが、みんな小林コーチの指導の賜物だとわかりました。わたしもそこに近づけるようにガンバらねば・・・・と、雪のちらつく明善グランドで思いました。

(今回のコラムはサトウコーチから寄せられたものです。)

vol.197 平成17年12月6日(火) ガンバレ!オヤジーズFC。   

 さすがに12月、山はすぐ近くまで雪景色。風は刺すように冷たく、こんなに寒い日は外での練習はむずかしいかも、とショウジさんと立ち話。子どもたちも始めは寒がっていたけど、いつの時代でも子供は風の子。寒さなんか忘れてボールを追いかけていました。
 さて、練習ですが、最初に全体でリフティング練習をしたあと、Aチームは、この冬にメンバー全体のレベルアップをめざしたいので、パスの時の声掛けのタイミングの練習、次の動きのためのトラップ練習、トラップからシュート練習と続けました。なかなか集中を維持することができず、また、練習を盛り上げる工夫もあまりなかったと反省です。
 最後にFCオヤジーズとゲームをおこない、わたしも“カズ”のように助っ人で参加しました。Aチームと対戦して、明善の寄せの早さ、サイドからの攻撃意識など、ずいぶんうまくなったなーっとちょっぴり感心。「そろそろ本気になるからな。」「
次はもう本気出すからな」といいながら、最後まで本気らしきプレーが出せなかったオヤジーズFCは特訓が必要ですね 。練習相手にならないです。でも、その前に役に立たない助っ人は首ですか?
 以上 寒かったことと サッカーができてよかったな〜の日曜日でした。

(今回のコラムはサトウコーチから寄せられたものです。このところ、毎週土・日に仕事が入るヒラリンは、なかなか子どもたちの顔を見ることができずにスネています。)