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2006年7月のコラム [PR]
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このコーナーに対するご意見は掲示板に登録いただき、みなさんで語りあっていただければと思います。

vol.241 平成18年7月25日(火) サイド・コーチ 

 「走れ〜!は・し・れ〜!」
 某生命保険会社(だったかな?)のCMで、松木安太郎さん扮する父親が、子どもにサイド・コーチする台詞です。その子は小学生時代から代表選手になるまで、お父さんに「走れ〜」と言われ続けて育ったというもの。とても、ほほえましいCMですし、「走れ〜」というコーチングそのものは、それほど抵抗のあるものではないように思います。これが、「シュートしろ!」とか、「パスを出せ!」とか、さらには「大きく蹴れ!」、「早くクリアしろ!」となってくると、やや心配になってきますね。そうです。サッカーをやっているのは、子どもなんです。子どもたちは、ゲームの局面、局面で、自分なりに意識して、あるいは無意識に、自分がしなければならないと思った動作をしているわけです。わたしたち大人は、それを大切に見守ることも必要なんですね。
 子どもにとって一番信頼のおける人は、もちろん、お父さん、お母さんです。毎日、「早く起きなさい!」から始まって、「顔を洗いなさい!」「ちゃんと、ご飯を食べなさい!」「忘れ物はない?」「クルマに気をつけてね」などなど、キリがないほどの指示が子どもに向かっています。指示が出れば耳を傾け、その通りに行動する。そうした習慣が身についています。日常生活からしてそうなのですから、そんなお父さん、お母さんから、ゲーム中に指示が出れば、子どもたちは当然、その声に頼りきりになってしまいます。それは、それで、親としてはうれしいことなんですが・・・、ちょっと待ってください。サッカー選手がサイド・コーチに頼りきりになってしまったら、「自分で判断する」という、サッカーというスポーツでもっとも肝腎な部分がおろそかになってしまうと思いませんか。サッカーでは、まず「やってみること」が大事です。「やってみて」成功したら、大いに誉める。「やってみて」失敗したら、なぜ失敗したのかを考えさせて、気づかせる。そのくり返しです。

 このHPでは、試合や練習のようすを、各コーチがレポートとして報告してくれています。そこでは、年代別に、試合や練習ごとに子どもたちに課題を与え、それがどの程度達成できたのかという指導実践のようすが、コーチングの失敗談も交えて書かれています。たとえば、先日のAチームの全日本、カタクラモール杯、そしてBチームのフレンドリー・マッチ、さらにはCチームのテレビ松本杯やマクドナルド杯、子どもたちにはたくさんの大会があります。正直言って、コーチたちはそのすべてに「勝ち」という「結果」を求めているわけではありません。大会ごとに課題がちがうのは当たり前。同じ大会の中でさえ、1試合目と2試合めのもっていき方を変えることもありましょう。ゲームになれば、局面、局面で、サポートするコーチングもさまざまです。要するに、手を変え、品を変えて、その時々の子どもにあったアドバイスを考えていくのです。そうして、各カテゴリーの子どもたちが「標準的に」もっていて欲しい技術(これには「判断」も含みます)を身につけさせたいわけです。
 お父さん、お母さんにとってみれば、とても歯がゆい場面もあるでしょうね。なんとか、手を貸してあげたい。でも、サッカーだから手は使えないし!?せいぜい、子どもに聞こえるように大きな声でコーチングを、と思うのが親心だいうのを決して理解できないわけではありません。しかし、大丈夫ですよ。今は歯がゆい子どもたちですが、ちゃんと成長していますから。親子サッカーでも、本気を出して闘ってくるAチームには、なかなか勝てないでしょう?まして、彼らが中学、高校になれば、お父さんたちでさえ歯が立たなくなりますよ。たくましく成長するわが子の未来を想像して、いまは、グッと我慢です。あ、もっとも「ガンバレ〜!」「イイゾ〜!」「ドンマイ〜!」ってのは、OKですよ。大いに、子どもたちを励ますサポーターになってください。

 

vol.240 平成18年7月12日(水) コラムについてのコラム 

 きょうは、京都に暮らす娘の19回目のバースディです(おめでとう)。
 19年前のきょう、母になる人が家に置き忘れていった荷物を携えて朝早く病院に駆けつけ、廊下の長椅子で缶コーヒーを飲みながら、その時を待っていたものでした。TVドラマのように、産声が聞こえて涙を流すという劇的な場面はなかったですが、看護婦さんが「女の子ですよ」と伝えにきてくれたときは、なんだか面映ゆい思いをしたことは、おそらく一生忘れらないでしょう。

 家族のさまざまなできごとについては、ときおり、メモに留めて記念としているわけですが、このHPに綴るコラムも、いってみれば、明善ファミリーの来し方を記したメモのようなものですね。ところが、ときに感情の高ぶりを抑えきれず、演説調に愚見を披瀝してしまうのが玉に瑕(きず)。ときにトップストーンのTコーチ(「高橋コーチの熱血コラム」7月11日付け参照)や、ウィング&開智のKコーチ(「小林コーチの少年・少女サッカー指導雑感」6月22日付け参照)あたりに、持ち上げられたり、ジャブをいれられたり、といった案配です。まあ、でも、そうした反応があるから刺激になるわけで、HPを立ち上げている者としては、喜びでもあります。
 一方で、足元の明善ファミリーは?といえば、このコラムに書かれた内容を黙認しているのか、はたまた、黙殺なさっているのか、てんで感触が伝わってきません。もう、やめよっかな〜。
 なんて思っているところへ、このHP掲示板の常連“轟沈”さん(名付け親はワタシ?)から、貴重なメモが届きました。掲示板にもある日本ラグビー界の貴公子(だった)平尾誠二さんの講演聞き取りメモです。轟沈さんには抜粋を掲載させていただく旨お伝えしてありましたが、やはり轟沈さんのメモ全文を示した方がみなさんにはわかりやすいと思い、リンクしましたのでご覧ください。

 かれこれ20数年前、日本ではサッカーよりもラグビーが盛んな一時期がありました。日本リーグや天皇杯決勝戦では客席が埋まらない国立競技場でも、ラグビー大学選手権や全日本ラグビー選手権は大にぎわいだったのです。そのころのワタシは、「北の鉄人」と異名をとる新日鐵釜石のファンで、森、洞口、松尾らの名選手に胸をあつくしたものです。
 今回、轟沈さんが紹介してくださった平尾さんは、伏見工業高校から同志社大学、神戸製鋼とラグビーの大道を歩き、ジャパンでも活躍した名選手でしたが、あまりのプリンスぶりに、ワタシはちょっと引いてしまっていました。
 それはともかく、この講演メモを拝見していると、轟沈さんがおっしゃりたいことも、そこはかとなく伝わってきます。
 例えば「小さなプレイでも自分でBESTと思い、喜んでいる奴らがいっぱいいる。泣かないからといって、プレイが小さいからといって切り捨てるな。」とか、「達成感を教えるのもリーダーの責務です。」といった下りは、とくに印象に残りました。キモに銘じておきたいと思います。
 このところ(といっても、毎度のことですが・・・)、熱に浮かされた言辞を吐いてきたワタシとしては、ちょっと一息つける講演メモでした。轟沈さん、ありがとうございました。

 

vol.239 平成18年7月11日(火) 2006ワールドカップの結末 

 2006ワールドカップドイツ大会は、大方の予想通りイタリアの優勝で幕を閉じました。もっとも、1:1からPK戦での決着となるまでは、予想できませんでした。それ以上に、番狂わせの少ない大会を大いに盛り上げてくれたジダンが、暴力行為で退場させられ、それにもかかわらず最優秀選手になるとは、まったく予想外でした。前回のコラムで「超一流の選手」と持ち上げておいて、こう言うのもなんだか歯切れが悪いのですが、どんな理由があるにせよ、ワールドカップ決勝戦のピッチの上で、レッドカードを受けるような行為をしたジダンには落胆しました。そして、そういう選手を「最優秀」選手に選ぶ人たちには呆れました。もちろん、ジダンがほんとうの紳士ならば、謹んで「ゴールデン・ボール賞」を返上するのでしょうが・・・。

 そもそも大会の最優秀選手とは、技量の点でもフェアプレーの点でも、他の模範となるような人が選出されるべきではないでしょうか。決勝戦に限らず、サッカーのゲームで一発退場を言い渡された選手が「最優秀」であるはずがありません。まあ、「出来心」とか、「思わず知らず」とかのレッドカードもあるでしょうから、優秀選手賞くらいは大目に見るとしても「最優秀」はないでしょう。
 今回の大会では、グループリーグから決勝戦までの全7試合に出場し、1枚のイエローをもらうことなく鉄壁の守備陣を支えたカンナバーロ(イタリア代表)にこそ「ゴールデン・ボール賞」がふさわしいと思います。

 それにしてもロナウジーニョのワールドカップになると言われていたにもかかわらず、当のロナウジーニョはあまり目立たず、しかもメッシ(アルゼンチン)やウォルコット(イングランド)といった若者の活躍も少なく、なんとなく物足りなさが残るワールドカップでした。
 ニッポンでは、オシムがどうの、ヒデがどうの、とピッチ外の話題で盛り上がっていますが、それらは日本敗戦のスケープゴートにされているだけで、肝腎のニッポンサッカーやそれを取り巻く環境等の現状が語られる機会があまりに少ないように思います。例えばヒデについては「いつも仲間を鼓舞していた」と語られますが、いったいその内容はいかなるものだったのでしょうか。ヒデの鼓舞ないし指示は正しかったのでしょうか。正しかったとしたら、チームメイトはなぜ実践できなかったのでしょうか。ヒデはよかったけど、あとは×だったのか。ヒデがいなけりゃ、もっと○になっていたのか。
 嫌なことは早く忘れ、また4年後に空騒ぎしようとでもいうのでしょうか。ただ、次回はおそらくアジアの出場枠は減り、しかも、オーストラリアを含むオセアニアがAFCに加盟することから、空騒ぎすらおぼつかないおそれがあります。「世界を驚かすような結果を残したい」などと肩に力をいれず、「世界の現実を直視することが大切だ」という声に、今は耳を傾けるべきでしょうね。

vol.238 平成18年7月6日(木) 楽しいサッカーと 楽なサッカー

 オランダ、アルゼンチン、ブラジル、ポルトガル・・・。あ〜あ、応援していたチームがどんどん消えて、残るはフランスとイタリアだけ。なんだかな〜、というW杯です。こうなったら、最後はジダンをはじめ8年前に活躍したフランスの選手たちが有終の美を飾る、という筋書きが美しいのでしょうが、でもやっぱり、イタリアが1:0くらいで勝って終わるんでしょうね。

 先日のカタクラモール杯でのAチームは、激しい雨のなか、決定戦までの3試合を、選手はもとよりサポーターの皆さんもほんとうにお疲れさまでした。ところであのゲームの前日だったでしょうか。「明善は楽しいサッカーをやるって言ってるけど、楽しいサッカーよりも勝てるサッカーを教えてよ」と言ってくる選手がいました。内容はともかくも、こうした意見をはっきり口にする選手に、わたしは、とても頼もしさを感じました。子どもなりに素直な自分の気持ちをコーチにはっきりと伝えようという心意気は、とても価値あることではないかと思います。この子が指摘するとおり、明善のコーチたちは、結果にこだわった戦術やコーチングはできるだけ控えようと考えています。しかし、1月22日のvol.205でも紹介したように、ワタシは、勝負へのこだわりを捨て去ってもいいと思っているわけではありません。
 勝負にこだわるというと、闘争心とか、根性とかいった精神面の鍛錬を思い浮かべてしまいがちですが、そんな大上段に振りかぶらなくともいいと思うんです。ようは、コンチクショー!という負けん気です。しかも、それは相手チームや、まして自分のチームメイトに対するものではなく、むしろ自分自身に向かっての負けん気です。

 明善Aチームは、0:7という歴史的大敗(?)を喫して一年のスタートを切りました。それは、それで、一年のスタートとしては大いに結構なことだと今でも思っています。その同じチームと対戦したリーグ戦では、0:5と若干スコアを縮めましたが、まだまだ歯が立ちませんでした。全日本では3回戦まで勝ち進むことができましたが、1回戦や3回戦のゲームを見る限り、「楽しいサッカー」にはほど遠い内容だったように思います。そして、先だってのカタクラモール杯。またしても、サポーターのどよめきを聞くことなく終わりました。
 また、個人的にも、リフティングを1000回やろう!あるいは500回という大きな目標を立てている選手もいます。これも大いに結構なことだと思います。ところが、かけ声倒れになってはいないでしょうか。なにもやらずに、突然100回が1000回になるはずありません。地道に努力してこその1000回だと思います。

 明善は「楽しいサッカー」を目指しています。しかし、それは「楽なサッカー」とか、ましてや「ニヤケたサッカー」を指しているわけではありません。
 前回のコラムで、アカハネコーチの指導内容を紹介しました。ディフェンスが簡単にボールをタッチラインに出すのは「楽なサッカー」です。相手と1:1あるいは1:2の数的不利にあっても、それを抜き去って相手ゴールにせまるのが「楽しいサッカー」です。相手がボールを持っているときに、キックミスやキープミスを待ってプレーするのは「楽なサッカー」です。仲間どおしでアプローチをかけて相手のボールを奪い、攻めにつなげていくのが「楽しいサッカー」です。このことを間違えてしまったのが、全日本の1回戦だし、先日のカタクラモールのすべてのゲームだったように思います。さきに紹介した選手の言を借りるならば、残念ながら「楽しいサッカー」は確かに「勝てるサッカー」に直結しないかもしれません。ですが、選手を含めて、見ている者を感動、感心させることはできます。そして、小学生レベルならば、おそらく、そうしたサッカーによってこそ、「確かな結果」が得られるんだろうと思います。
 全日本少年サッカー長野大会の決勝戦は、都合により、観戦することができませんでしたが、敗れたとはいえ裾花サンは、その「確かな結果」を求めたサッカーをしていたと聞きました。

 約1ヶ月間続いた4年に一度のW杯も、あと数日で終わってしまいます。今回のW杯を見ていてつくづく感じ入ったのは、ジダンやフィーゴといったベテランの選手たちでさえ、いや超一流の選手だからこそ、ほんとうの「楽しみ」を求めて必死に走る姿でした。
 
指導方法や練習内容に工夫が必要なことは痛感しています。もっともっと、子どもたちがボールに触れる機会を増やさなければいけません。そのなかで、周りを見る余裕を生みだし、判断する力を養っていかなければなりません。そして、ゲームの中で実践できるまで反復しなければなりません。6年生をはじめとする明善サッカーの1年はまだ3ヶ月を終えたところ、まだまだ成長を手助けする時間はたっぷり残されています。「楽」をしていては、ほんとうの「楽しみ」は得られないことを、子どもたちに少しでも知ってもらえればと思うのです。

 

 

このページは2007年03月21日に更新しました。