2007年2月のコラム
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| vol.267 平成19年2月25日(日) ゲームの達人になりますか?それとも、サッカーじょうずを目指しますか? まだ2月ですよ。なのに、グラウンドでゲームできるなんて、今年はどうなっているんでしょうか。それでも、こんな良い天気を見方につけない手はありません。いえの中でゲームをしている時間があったら、外へ出て、どんどんボールをケッてみましょう。 きょうは、6年生がウインター・リーグと称し、筑摩野中学校で松島さんや松本北さんとフレンドリー・マッチをおこないました。5年生は、筑摩さんやトップ・ストーンさん、穂高北さんをまねいて、明善中学校でフレンドリーです。ところが、くだんの5年生はインフルエンザが流行していてメンバーがそろいません。そこで、活きのいい4年生が助っ人にはいってゲームをおこなったという次第です。5年生をそろえて遠征に来ていただいた他のチームには、申し訳ないことをしました。 さて、その4年生。メンバーが17名に達し、すべてをベンチに入れるわけにはいきません。そこで、きょうは3年生になってから入団した選手を中心に、別会場でのトレーニングとなりました。赤羽コーチが、インサイド・キックやヘディングなど、基本的な動作の習得に時間をついやし、きちんとボールをケルことができるように反復練習をしていたのが印象的です。 1・2年生には、なかなかワン・バウンド・リフティングができない(というよりも、足にボールを当てることができない)子が多く、きょうは、その方法を伝えてもみました。リフティングの動作を分解して、ひとつひとつの動作ができるようにやってみたわけです。30分もしないうちに、ワン・バウンド・リフティングが10回できるようになりました。あとは、それを続けることです。1・2年生には無理かな?でも、「コンチクショウ」という気持ちで、きょう教わったやり方を、あしたも、あさっても続ければ、きっと1週間後には、簡単にワン・バウンド・リフティングができると思います。 このコラムやレポートでなんども、くり返して言うことですが、サッカーがじょうずになりたいと思うのならば、たくさんボールにさわることがたいせつです。ゲームは必ずやるけど、1日に1回もボールにさわらない団員がいるようですが、それじゃあ、ゲームの達人にはなれても、サッカーじょうずにはなれません。だって、みんなはサッカーの天才じゃあないんだから。サッカー好きのみんななら、ボールと遊ぶことは苦にならないと思います。ならば、ひとりでやるときは「練習」という意識ではなく「遊び」のつもりでやればいいんです。リフティングとあわせて、一日30分。もし、みんなが30分ボールと遊んで、いまのトレーニングを続ければ、まちがいなく上達するはずです。なかまがふたりいたら、1対1をやる。3人いたら1対2。4人だったら2対2、あるいは1対3でも面白いでしょう。ただ、ボールをケッているだけじゃなく、かならず、相手をつくって勝負するというのが上達のひけつです30分くらいサッカーしたって、みんなのお父さん、お母さんは、文句はいわないと思います。
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| vol.266 平成19年2月24日(土) ごむさい 2月に入ったというのに、コラムがぜんぜん更新されない。どうしたズラ?ひらりんも、いやになって、ヘエ、やめちまっただかヤ〜? 皆さん「ごむさい」っていう言葉を知ってますか?団員はもちろんのこと、保護者の皆さんの中にも、この方言をご存知の方は少ないかと思います(轟沈!さんくらいでしょうかね?)。アクセントは「む」と「さ」に置きます。主に長野県の東・北信地域で使われているようですが、わたしが小さい頃は、松本界隈でもこの方言を使う方が確かにいました。 明治時代のことですが、長野の大豆島小学校や佐久の蓼科小学校の校長先生を若くして勤めた挙句、、退職して保科塾という私塾を開き、さまざまな教育活動を実践された方がいます。彼の名は『保科百助(ほしなひゃくすけ)』。よく狂歌をたしなみ、ペンネームを『保科五無斎(ほしな ごむさい)』と号していました。 「おあし(お金)無し 草履(ぞうり)無しには 歩け無し おまけ無しとは おなさけも無し」 「無し」が五つで「五無斎」というわけです。これは、ある時ゾウリを買おうとした保科先生が、お金が足りなかったため、まけてもらおうとしたところ、ゾウリ売りのおばあさんに「一銭もまけられない」と言われたのに応えて詠んだといわれています。校長先生までやった人なのに「お金がない」とは?しかもクツではなくて「ゾウリ」とは?と思いませんか。 保科百助またの名を「五無斎」といったこの人物を有名にしたのは、岩石(鉱物)標本です。めずらしい岩石を求めては、県内あちこちで採集し、ときに交換によって手に入れ、ついには標本100組を県内の各学校に寄贈したのです。子供たちには教科書だけの授業ではなく、「実物を見せ、触れさせることこそ、たいせつなんだ」と説き、それを実践した先生です。まさに18世紀フランスの思想家ルソーが説いた実物教育の実践者だったわけです。 わたしがよく知る(中学校の)先生がおっしゃっていました。「素敵な子どもがいるところには、素敵な大人がいる。 いまは「ごむさい」という方言がすたれてしまうほど、身なりが汚い人はほとんどいなくなりました。しかし、中身はどうなんでしょうね。家庭は学校にお任せ、学校は地域や家庭にお任せ、地域は無頓着(といったら言いすぎでしょうか?)。まるで子どもたちをお荷物のように扱っていませんか?めんどくさいとか、わずらわしいなんて言葉は、子どもの前では禁句だと思うのですが、いかがでしょうか。まずは、大人が素敵になることですよね。 |
このページは2007年03月21日に更新しました。 [PR]