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2007年12月のコラム

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vol.300 平成19年12月31日(月) 自分との戦いに勝利を 

 浦和レッズの天皇杯優勝で幕を開けた2007年もあと数時間を残すのみとなりました。わたしにとって今年のサッカーは、まさにレッズにはじまり、レッズに終わった感がありますが、明善サッカーの一年間を振り返ってみると、じつにさまざまなできごとがありました。

 まず、1月はショウジ代表やマエザワコーチの肝いりで、山雅FCの選手たちがサッカー教室を行ってくださいました。その山雅FCは地域リーグ決勝大会に敗れて惜しくもJFL入りを果たすことはできませんでした。来年こそは一歩上を目指して、さらに精進してもらいたいものです。
 2月、3月は思いのほかの暖冬のおかげで、グラウンドを使ったサッカーをすることができました。隔年おきに中止の憂き目を見てきた閉校式トーナメントが開催され、旧6年生たちが小学生年代最後のサッカーを楽しんでいました。
 4月に発足した新チームは、「サポート」と「チャレンジ」というテーマを引っさげて5月の強化合宿に取り組みました。しかし、新Aチームはなかなか勝利を得ることができず、7月のカタクラ・モール杯でようやく1勝をあげることができました。その間、明善の姉妹チーム(というのも、おこがましい限りですが・・・)である宮田トップストーンが全国大会に初出場したのはうれしいニュースでした。
 7月は、Aチーム初めての菅平合宿。全国の強豪に胸を借りる絶好の機会でしたが、みごと跳ね返され、台風と中越沖地震というおまけまでついてくる大会でした。
 8月は酷暑の中で、タウンカップが開かれました。今年は愛知県常滑市から旭FCを招き、熱い戦いを繰り広げました。タウンカップの主力になるBチームは月末の新人戦にのぞみましたが、あえなく予選敗退。チームワークに課題を残しました。
 9月、10月は明善OBたちの活躍に目を細めた時期でした。ことに中学サッカーのタカクワ・ヨシキくんと高校サッカー最後の意地をみせてくれたマルヤマ・ユウタくんの活躍には驚かされたものです。10月の終わりには、愛知県知多市の南粕谷JSCの皆さんが来松しました。大雨のため日程変更を余儀なくされましたが、明善保護者会のみなさんのチームワークによって、すばらしい交流会にすることができました。
 そして11月。今年もメモリアル杯では、最後の最後に6年生のみんなが誠意一杯のプレーを見せてくれ、お父さん、お母さんたちの涙腺を刺激してくれました。

 こうして振り返ると、やはり中身の濃い一年でした。

 ところで、こうしたさまざまな出来事が去来する中でも、自分を見失わずに、コツコツと地味な努力を重ねてきた団員がいます。12月のクリスマス会で発表されたリフティング1,000回達成者、マエザワ・タクミくん、ゴミ・ユウキくん、そしてイグチ・ショウタロウくんです。
 ゴウヅ・コーチがAチームを率いていた一昨年。旭町SSSとの合同練習では、旭町イレブンの個人技に舌を巻いたものでした。そして、昨年の愛知遠征では、アミーゴスFCの華麗なテクニックに目を点にしたものでした。しかし、コーチの不断の声がけと、それに応える団員たちのガンバリが、リフティング1,000回達成者を生み出したのだろうと思います。あと、数回で1,000回に手が届く団員も出てきました。来年も、自分をみつめ、自分との戦いに勝てる団員がひとりでも多く出てくれることを祈って、今年のコラムを閉じたいと思います。
 一年間、お世話になりました。来年も、よろしくお願い申し上げます。

 

vol.299 平成19年12月16日(日) クラブワールドカップ 

 6大陸のクラブチャンピオンが集まって世界一のクラブチームを決する大会も、今回が3回目。3度目の正直で、ヨーロッパチャンピオンのA.C.ミランが優勝して幕を閉じました。幸いにも、第1回めからこのゲームを観戦してきましたが、今年は日本のクラブチームがアジアチャンピオンとして参加するということもあり、いつになく盛り上がった大会になりました。ミランとの結果は0:1。そして3位決定戦での勝利。
 浦和レッズ、大健闘だったと思います。

 多くの評論家が口をそろえて言うように、個の力の差は大きかったように思います。そして、それ以上にチームの名前に負けていた選手もチラホラいたようにも思えます。

 ミランに得点を許したあの場面、レッズの右サイドを守る坪井はゴールライン際を突破しようとするカカに身体を寄せることすらできませんでした。なぜでしょう。伏線は、そのわずか前のペナルティーエリア内でのスライディングタックルにあったと思われます。
 突破してくるカカにすり抜かれ、思わず出した足は(坪井のなかでは)、カカの右足にひっかかっていたのではないでしょうか。幸いPKにはならなかったもののの、カカの突破に坪井はビビってしまった。続く、得点シーン。坪井はカカに身体を寄せることにためらいがあった。そして・・・・。たしかに、カカのスピード(特にオン・オフの切り替えの速さ)はすばらしいものがあります。しかし、坪井だってすばらしいスピードをもっているはずです。もし、あれがミランのカカではなく、レッズのオカノだったら止められたのではないか。そんな気がしてなりません。
 ちなみに、今日の3位決定戦でも坪井は身体が出なかった。思わず足でいったところエトワール・サヘルのシェルミティに寄せられてボールを奪われ、あわてて後ろからスライディングをしかけて、今度こそPK。ミラン戦を引きずっていたのでは?と思われる雑なプレーでした。
 それから左サイドの相馬。かれはイランのセパハンとのゲームで、再三左サイドを突破してゴール前にボールを供給し、一躍その名前をとどろかせました。しかし、ミラン戦の相馬はいったいどこへいってしまったのでしょう。ボールをもっても簡単にとられる。そのうち、ほとんど前線に顔を出すことはありませんでした。
 あとは、個々のシュートテクニック。ビシッと決めたシュートは何本あったでしょう。スタンドレベルで見ていて、いい線いっていたのは後半の山田のシュートくらいか。ミランのインザーギやセードルフが、ゴール前の強いパスに反応して、なんなくインサイドでゴールに流し込んでしまうのにくらべて、長谷部のように至近距離でもフカしてしまうヤツもいる。

 などなど、数え上げればレッズの個の力不足はいくつもあったように思うわけですが、が、失点を1に抑えたのは組織の力でしょう。
 たとえばボカは、前半の最初こそカカを3人、4人で取り囲んでボールを奪いにいっていましたが、途中から、ほぼドフリーでした。スピードにのったカカは、いくらボカの選手でも容易く止められるものではありません。結果は2:4。おまけにカカにはMVPをプレゼントしてしまいました。
 その点、レッズはあの失点の場面+2回ほどは簡単にボールを持たせてしまいましたが、ほかは阿部、鈴木あたりがきっちりと抑え、そのフォローをDFがやるというふうに徹底していました。

 サッカーは11人でやるもの。そして、サッカーはなにが起こるかわからないもの。それは少年サッカーだって変わりはありません。名前に負けることなく、失敗をおそれず、勇気をもって向かう姿勢の大切さも同じです。
 そういう意味で、浦和レッズはとても勉強になるゲームを少年たちに見せてくれたと思います。

 

 

このページは2008年03月25日に更新しました。 [PR]

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